恣意的な変換ミス?

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008041600958


「うまくいかない画像サイズになった」→「馬食い家内が象サイズになった」


このコンテストの趣旨を知らないのだけど,これって,かなり恣意的に変換しないと,こうならないよねぇ.
携帯電話だと,独特の変換アルゴリズムが存在していて,こんなことになるのだろうか?

「馬食い」という単語が辞書に登録されていて,かつ,学習などで優先度が高くなってないと,「うまく | いかない」で切るほうがコスト低になるので,「うまくい | かない」という切れ方にはならないよねぇ.
「かない」が強く学習されていたとしても,「うまくい」で切ることがコスト高になるわけだし.

そうだとすると,変換ミスである必要はなく,かな漢字変換システム自体が必要ない,昔からある単なる言葉遊びってことなのかなぁ.

かな漢字変換システムの仕組みを知らない人が,こういう変換ミスが起こりうると思っていて,かつ,バレないと思ってるのかな?

あるいは,ほんとうにこんな文節切り(形態素切り)をするアルゴリズムを持ったかな漢字変換システムが,現代の世に存在しているということなのかな?

応募の段階で,「使用したかな漢字変換システム」という情報も出させるようにしたほうがいいんじゃないかな.
メーカによっては,威信に関わるでしょう.

とりあえず,私にはこれらを「変換ミス」として笑える感性がない.
「言葉遊び」としては,笑えるけれど.
子どもは,しりとりに飽きた頃に,こういう遊びをし始めますよね.

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もうちょっと追記すると,

「今日居ないもんね。ゴメン~!」と書いたつもりのメールが「胸囲ないもんね。ゴメン~!」に


これは,起こりうる.しかも,比較的簡単に.
これは笑える.

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あぁ,わかった.実際に起こりえない間違いを,私は笑えないんだ.
テレビ番組の「はじめてのおつかい」や「決定的瞬間」などで,わざと子どもを泣かせるように仕向けているのが笑えないのと同じだ.

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ドリフの「志村~,後ろ,後ろ~」も笑えなかった.気づけない理由がないもの.
耳が遠いフリをする「あんだって?」も笑えなかった.
聞こえないのだったら,別の手段を工夫すればいいだけだから.

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私って,そういう他の可能性を考える力や,代替手段を考える力が,子どもの頃から鍛え上げられていたのかな?
だから,思慮の浅い決め付け型の人や,可能性や選択肢の幅の狭い人が嫌いなのか.

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「この状況だと,きびしいねぇ」 ← (A)
「こうやりゃーいいじゃん」
「そうすると,こういうことが起こるから,こうなるでしょ」
「あぁそうか」

みたいなやり取りをわざわざするのが嫌い.
「あぁそうか」と納得できるくらいなら,なぜ,(A) の段階で自力で「あぁそうか」までたどりつこうとしない?

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おぉ,今日は,機嫌が悪いっぽいぞ(笑)

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「こうやりゃーいいじゃん」のところが嫌いなのか.
そこのところが,「え,どうして?」だと,まぁ,許せるからなぁ.

自分よりも状況判断力が低い人に,見下されるような態度を取られるのが嫌いなんだな.
たぶん,その嫌悪感の根底には,
「この人といると,この先,大きな損害をかぶる可能性があるな」
という読みが働いているのかもしれない.

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「うまくいかない画像サイズになった」

そもそも,この文を使うことができる場面が,かなりマレな状況な気がしてきた.
この文自体にも,軽い恣意性を感じる.

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さて,14:00 時になるので,終了ー.

この記事へのコメント

のぐち
2008年04月18日 00:30
馬食い...は同じことを思いましたよ。ウソがはいっている(きっぱり断定)。
2008年04月18日 03:22
だよねぇ... .
相当恣意的に仕組んでおかないと起こりえないよねぇ.