なんか,「釈迦に説法」された気分だ.

なんか,「釈迦に説法」された気分だ.
「カタログスペックが世界のすべて」の人だと,ああいうことになるのか.

おかげで過去に不思議に思っていたことが,少しわかったぞ.
「どうしてこの人は中途半端な知識しかないのに,見下したように講釈たれてくるのかなぁ」と思っていたら,書籍の中の世界だけでモノを語ってくれちゃったわけだね.


でも,まだよくわからない.
ほかにもあちこちで「釈迦に説法」されちゃうんだけど,どーしてなのかなぁ.
確かに私は「できのいい人」ではないけれども,人並みをちょっと欠けるくらいは保っているんじゃないかと思う.
それが並以下のように見下されて講釈たれられちゃうのは,どーしてなのだろう.

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