日本の大学でも,そう.

「准教授が銃乱射なぜ?アメリカの大学の光と影」
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100215-OYT1T00157.htm?from=rss&ref=rssad


テニュアがないと、任期付きの雇用契約など不安定な地位に追い込まれ、肩書も准教授止まりが普通。



日本の大学でも,そう.
私らの世代の大学院を出て民間企業に長くいる人は,このへんの事情がわからないみたい.





ビショップ容疑者も2003年にハーバード大からアラバマ大に移り、今学期限りで雇用契約の打ち切りを迫られていた。報道によると、最近は「テニュアの審査が公平でない」と周囲に不安を漏らしていた。


このあたりは,いまにはじまったことではない.
成果をあげていなくても "成果" にしてもらえちゃう人もいるし,成果をあげていても "成果" として評価されない人もいるおかしなところ.
論文の査読なんかも,「ブランドモノ」だから通ってしまっているモノも多い.

単なる作業と,成果は違うのにね.
単なる作業だったら,民間でもできるし,よそから予算を取ってきてやる必要はない.

平成バブル時代の予算の使い方しかできない教授もいるよなぁ.
あんなんで,次の予算も取ってこれるんだろーか.


個人的には,事業仕分けよりも "教授仕分け" が必要だと思う.
国立大学が独立行政法人化されて,その 3年後に教授先生方が仕分けられたことは仕分けられたけれども,やっぱりくだらない教授が残っていることもある.
"教授仕分け" ができれば,しょうもない予算の使われ方が減るので,無駄な支出を減らすという本来の目的も果たせる.
「その研究ごっこに,本当に 500万円/年,必要なの?」と.
「その研究プロジェクトごっこに,本当に 8000万円/年,必要なの?」と.
「その研究事業ごっこに,本当に 2億円/年,必要なの?」と.

ただ,これをはじめると,いままでしょうもないお金がまわっていたおかげてなりたっていた会社は,のきなみ潰れていくでしょうねー.










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