「因果律の無い世界に生きる新人類の登場」というのを,ざっくり読んだ

因果律の無い世界に生きる新人類の登場:
http://www1.rsp.fukuoka-u.ac.jp/kototoi/2007_11.html

個人的には,分数の計算ができなくてもいいし,意味を知らない言葉がたくさんあってもいいし,漢字が読み書きできなくてもいいと思っている.
だって,それは,方法を理解しているかどうかということだけの話だったり,知識を持っているかどうかというだけの話だったりするから.
そんなことよりも,いままでよくわからなかった(ときに,腹を立てていた)言動が,ごく普通に,結構な年齢の人たちにも蔓延していることを知って,おそろしくなった.


福岡大学でも幹部事務職員で「AならばBである」と「いつでもBである」の区別ができなくて、教員の間で「あの人は頭が固くて困る」と定評のある人がいる。



トイレで喫煙していた生徒が教師に見つかり、生徒指導部長であった私のところへ連れてこられた。1983(昭和58)年のことである。3年生のごくふつうの感じの生徒だった。その生徒は喫煙を現認した当の教師の前で「タバコは吸っていない」と言いはるのである。


似たような経験が私にもある.
「この人は,どうして話を聞いてないのだろう」,「この人は,いま自分がしてきたことを,どうしてすっとぼけているのだろう」と思っていた.

ほかにも,三段論法が通じない人にものすごく不快感を感じていたのだけれど,これでは,三段論法どころか,二段論法さえ通じない.

こういう人たちと関わりながら,どうやって生きていけばいいのだろう.
なんか,行き当たりばったりに行動を決めている人が多い.
そういうのに振り回されることに,私は耐える能力がない.

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